|
足を踏み出し、腕を伸ばし、斯波が俺を抱きしめる。
突然の事にギョッとして、俺は頭の中が真っ白になってしまって、動く事さえ出来なかった。
【啓】
「…斯波?」
【邦明】
「いいから、そのままじっとしてろよ」
背に回された逞しい腕に力がこもり、ギュッときつく抱き寄せられる。
厚い胸板がシャツ越しに押し当てられて、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
【邦明】
「嬉しいぜ。あんた…わざわざ俺のために来てくれたんだな。そんな事を言いに来るくらい、俺の事が気になるのか?」
【啓】
「なっ…?」
俺がこいつを気にしている?
だからわざわざ部屋まで来た?
考えてもいなかった事を口にされ、俺は反射的に斯波の身体を押し返そうとしてしまう。
だけど、それは出来なかった。
俺を抱きしめる逞しい腕に、心までもが絡み取られてしまったからだろうか。
間近で囁かれた声に混ざった吐息の熱さに、身体じゅうが震えてしまったからだろうか。
それとも自惚れじみた言葉の中に、ホッとしたような響きがどこかに感じられたからだろうか。
俺自身にも、わからない。
【邦明】
「本当に、嬉しいぜ。…先生…」
大きな手が、そっと背中を撫で下ろす。
指先だけでなぞられるような感触に、身体の芯がぞくりと痺れた。
|