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「ほら、来たよ……」

 最後の一人を迎えようと立ち上がった俺は、その先の言葉を失う。

「やあ、久しぶり」

 額に下りた前髪をかき上げながら、男は眼鏡のブリッジを押し上げた。

「しかし、わかりにくい場所にある店だな。聞いた説明じゃわからなかったぜ」
「藤堂くん、あたし、暑い」
「ああ、すぐに話を終わらせるから、ジュースでも飲んで、そっちのテーブルで待ってろ」]

 遅れてきた男の腕には、細い女の腕が巻き付いていた。最初に会いに行った際に連れていた女とはまた違う。

「俺は水出しコーヒーをひとつ……それで、話ってのはなんだ?」

 謝りの言葉ひとつなしに、男は煙の流れる向きも気にすることなく、おもむろに煙草に火を点けた。

「……っ」

 何か言いたげな蒼山より先に俺が口を開く。

「その前に、紹介させてもらう。彼は音響担当の藤堂聖人。それから、こちらが……」
「ああ、別にいい。どうせ仕事すりゃ顔も名前も嫌でも覚えるだろう」

 銜え煙草のまま、藤堂は顔の前で手を振った。

「……失礼だと思わないのか」

 蒼山はぼそりと呟く。

「はあ? 何が」
「何がって……」
「いいよ、確かに撮影が始まれば、嫌でもお互いの顔を覚えるんだから。それより先に、これからの予定を話してしまおう」

 蒼山は決して血の気の多いほうではない。だがどうも、藤堂という男に対しては、着火が早いようだ。
 俺はみんなの様子を見ながら、話を本来あるべき方向へ転換する。

「まずは台本をみんなに渡しておく。そんなに長いものではないし、登場人物の設定と台詞以外のシチュエーションは、実際撮影するときに決めようと思ってる。とりあえず目を通しておいてくれるとありがたい」

 俺は持っていたバッグの中から、プリンターで打ち出しただけの脚本を取り出して、各人に渡した。

 タイトルは『そして僕らは、』。
 登場人物は『サクラ』と『クリス』、そしてカメラマンの目を通す、『彼』の三人だけ。
 佐倉の故郷であるという、古い伝承に包まれた、遠い島。その閉鎖された空間における日常と、非日常。人間の感情の変化、心のすれ違い、そしてそれぞれの結末を描こうと思った。

「ねえ、これ、結末がないんだけど、気のせい?」
「気のせいじゃないよ」

 俺は笑顔で応じる。

「まさか、できあがってねえのか?」
「そう言われると否定できないんだけど……もし言い訳させてもらるなら、違う」

 藤堂の率直な問いに、俺は肩を竦めた。

「どういうことっスか?」
「この話は、みんなにも説明した通り、ロケに行く島の伝承をモチーフに考えた。でも俺は実際に島に行ったわけじゃないし、島で生活したこともない。だから、本当の意味で、その島独特の空気みたいなものがわかっていないんだ」

 一度書いた結末は、決して悪い形ではなかった。でも、なんとなく、薄っぺらい感じが拭えなかった。他の結末を考えたけれど、どれもしっくりいかなかった。
 だから、蒼山と相談したのだ。島に行ってから、結末を考えてもいいか、と。

「島に行って、実際の海の匂いや自然の中に立ったら、きっと何か掴めると思う。ある程度の形はできているから、撮影に影響させたりはしないつもりだ」
「──面白そうだな」

 ぼそりと森本が感想を述べる。

「そう、かな」
「あたしも面白いと思う。そうよね、赤井くんの脚本って、リアルっていうか、ものすごくそういった部分で明確なものがあるから、島に行ってからでないと決められないっていうのもわかる気がする」
「ありがとう」

 なんとなく照れくさいけれども、素直に喜んだ。

「わかったっス。俺も自分のできることは、協力します」
「頼む」

 そして最後に。

「仕方ねえな」

 脚本を指で弾いてテーブルに落とした藤堂は、長くなった灰を灰皿に落とした。

「ここで俺が何を言ったところで、意味がない。民主主義の世界において、多数決は絶対だからな」
「ありがとう」

 なんだかんだ言いつつも、とりあえず納得してくれたということ。

「みんなが脚本について納得してくれたところで、これからの日程を説明する」

 蒼山は手帳を開き、東京でのロケの予定と、実際に島へ行く日程についての説明をする。
 佐倉も栗栖も森本も、そして藤堂も、真剣な表情で蒼山の話に聞き入っている。

 映画のタイトルではないけれども、そして僕らは、新しい作品を撮るために、最初の一歩を踏み出したのだ。

(初出:微熱王子 vol.7)

そういえばおしまいの日って小説がありましたね。