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「こっちだよ、栗栖くん」

 目深に被っていたキャップのツバに手をやり、辺りを見回す少年に、俺は立ち上がって手を振った。

「あ、赤井さん。こんちはっす」
 俺に気づくと、栗栖は満面の笑みを浮かべた。ストリート系の雑誌でたまにモデルもしているという栗栖廣己は、やはりどこかしら派手で、人目を引く。

「暑い中、呼び出してごめん」
「かまわないっすよ。それより、オレのバイトの時間に合わせてもらって申し訳ないです」

 キャップを取って、ぺこりと頭を下げる。

「蒼山は知ってるよね。こちらは佐倉遥。今回の紅一点で、君の相手役になる。佐倉、彼が今話をした、栗栖廣己くんだ」
「よろしく」
「こちらこそ、よろしく」


 人なつこい笑顔を見せたあと、栗栖は俺の隣の椅子に座った。

「最初に挨拶をしたときには、こんなに早く赤井さんたちの映画に出演する機会があるなんて思ってもいなかったんで、すごい嬉しいんすよ。あ、オレ、コーラください」

 きちんと椅子に座った栗栖は、フィルムや雑誌で見るよりも、小柄な印象があった。

「そう言ってもらえると、俺たちも嬉しいよ」
「いや、ホントですよ。前に出演した映画サークルの人たちに話したら、すごいすごいってさんざん羨ましがられたんすから」
「そんな、大袈裟だよ」
「あら、それは、本当よ」

 運ばれてきたアイスティーにミルクを注ぎ入れながら、佐倉が栗栖に同意する。

「本当って何が?」

 俺が尋ねるよりも前に、蒼山が佐倉に問いかける。

「あたしもね、今回二人の作品に出演するって話したら、サークルの子たちに羨ましがられたの。日程的なことがあって参加できないから諦めたけど、個人的に一緒の映画作ってみたいって思ってる人、多いみたいよ」
「そうなんだ」

 なんとなく人ごとのように俺は応じてしまう。

「自覚のないところが余計にいいんでしょうけどね」

 そして、再びカウベルが鳴る。三時ちょうど。一際背の高い男は、俺が顔を上げた瞬間、強面の表情に微かに笑みを浮かべ、まっすぐにこちらに歩いてきた。


「遅くなって済まない」

 机の前に立つと、頭を下げてくる。

「いや、時間ちょうどだよ。来てくれてありがとう。待ってた」

 立ち上がって手を伸ばすと、上背のあるがっしりとした体格の男は、一瞬躊躇しつつも、おずおずと手を伸ばしてきた。
 思っていたとおり大きな掌。ところどころごつごつとした感触があるのは、マメがある証拠。


「彼は、森本丈士。うちの大学の学生で、今回の映画に大道具や照明の担当をしてくれる」
「よろしく」
「こちらこそ。あたしは、佐倉遥。同じ大学だけど、会ったことはないかもね」
「オレは栗栖廣己。役者っす」

 それぞれに会釈をして、森本は腰を下ろす。

「これで、全員?」

 佐倉の問いかけに、俺と蒼山はちらりと顔を見合わせたのち、苦笑を浮かべながら「いや」と返事をする。

「何、その表情は」
「う、ん……ちょっとね」

 確認はしていないが、おそらく蒼山もまた、この間のこと──残りの一人と初めて顔を合わせたときのことを思い出しているに違いない。

「同じ大学の人?」
「ううん。サークルの友達から紹介されたんだ。俺たちの使ってみたい音響製品を持ってるらしくてさ」
「それ、知ってますよ」
機材の内容を簡単に説明すると、栗栖が驚きの声を上げた。


「知ってるって、そんなに有名なの?」
「有名っていうか、とにかくすっごい高いモンなんです。学生でそんな高価な物持ってるって人、初めて聞きました。すげえ金持ちなんスか?」

 佐倉の問いに、少し大袈裟なほどに栗栖は答えた。

「多分。とうてい学生とは思えない、ハイブランド品を身につけていた」

 ぼそりと呟かれた蒼山の口調には、かなりの棘が感じられる。

「修平……」
「どんな奴──なんだ?」
「うちの大学じゃないし、院生だけどね。ちょっと話しただけだけど、機材についてはすごく詳しそうだった」

 森本に怪訝な表情を見せられて、俺は慌ててこの場にいないメンバーのフォローをする。

「ロケにも乗り気だったし、きっと俺たちの強い力になってくれると思う」
「──実際に参加するならな」
「修平っ」

 不機嫌な様子の蒼山を、俺は思わず窘める。

「わかってるよ、瞭。この間のことがあるせいで、ちょっと苛々しているだけだ。時間厳守だと言った
はずなんだが……」
「でもまだ、十分過ぎただけだし……」

 そう言っているところで、店の扉が開いた。