『はじまりの日』

小説:ふゆの仁子
絵:あるまじろう

 

<1>

俺、赤井瞭は、朝から落ち着かない気持ちでいた。

「本当に……みんな、来てくれるのかな」

 たっぷりのため息の後に漏らした呟きに、隣に座っていた蒼山修平は微かな苦笑を浮かべる。

 ところは大学裏手にある、落ち着いた佇まいの喫茶店。昨今の外資系チェーン店とは一線を画す、本格的な焙煎コーヒーのみを提供する主人の営むこの店は、俺と蒼山の所属する、映画研究会御用達の場所だ。

 しかし夏休みのこの時期、冷房のなく頭上で換気扇が回るだけの真っ昼間の店内にいるのは、俺たちの他には、カウンターに座る、近所の常連だろう老人のみだった。

「来るさ」

応じ
る蒼山は、やけに涼しげだ。

「──そうかな」
「俺たちの選んだ人間を、信用しないのか?」

 上目遣いに見つめられて、俺は思い切り首を左右に振る。

「そういうわけじゃない」
「だったら、何が不安なんだ」
「上手く言えないけど、なんとなく胸騒ぎがしていて」

 俺は躊躇いがちに口を開く。

「胸騒ぎ?」

 蒼山は手にしていたコーヒーカップをテーブルに下ろした。

「初めてだろう? 知らない人間と一緒に映画を撮るの。それも今回はいつもと違って特別な作品だし……」
「ああ」
「修平は、気にならないのか?」
「まるでと言ったら嘘だが、気にしてもしょうがない」

 蒼山はテーブルの上に置いていた煙草に手を伸ばし、口に銜えた。ぽっと赤くなった先端から、白い煙がゆっくり天井に上っていく。

「それに正直俺は、こんな時期に短期間でスタッフを集められたこと自体、すごいと思っている。瞭だって、それは認めるだろう?」
「──確かに」


 蒼山に、落ち着き払った様子で言われると、もっともだと思えてくる。気分を落ち着かせようと、俺は冷めてきたコーヒーに口をつけた。

 ことの発端は、八月の頭。

 大学の映画研究会を対象としたコンペティションの場で、そのコンペの審査員を務めていたとある映画監督に声を掛けられたことから始まる。

 俺たちの作品は、名称は異なるものの、参加賞しか取れなかった。けれどラッキーなことに、彼の目に留まり、十一月にある別のコンペに出品しないかと持ちかけられたのだ。
 日程的に厳しく、所属する映画研究会の人間の手をほとんど借りられなかった。俺は脚本と監督を担当し、蒼山はカメラマン。

 今回撮ろうと思っている作品を考えると、男優に女優、さらには音響担当と大道具や照明をサポートしてくれる人間の、最低四人は必要だった。

 だから俺たちは大学の掲示板やインターネット、さらには人の伝を使ってスタッフを集めたのだ。
 そのスタッフ全員との、初顔合わせが今日──個別に会ってはいても、全員揃うのは初めてだ。

「何もやる前から、心配してもしょうがない。いつもの瞭なら、そう言うんじゃないか?」
「そう、だね」

 灰皿に落ちる煙草の灰を見つめ、俺は頷いた。

 高校時代からの友人である蒼山は、映画についてとても真剣だ。将来、なんらかの形で映画の仕事で食べて行きたいと思っている。そんな蒼山の気持ちを知っているから、今回の映画に、俺はプレッシャーを感じている。

 でも、蒼山の言うとおりだ。何も始まっていない今からナーバスになっていてもしょうがない。
 それぞれの個性が集まったところでどんなひとつのまとまりになるか、不安に思うよりも期待しよう。

「なんて言いつつ、俺もまるで気がかりがないわけじゃないんだが…」
「え……」

 蒼山の台詞の意味を確認しようと思ったとき、店の扉につけられたカウベルがカラカラと鳴って、客がやってきたことを知らせる。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの中からマスターが静かに挨拶をする。額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら店内を見回しているのは、佐倉遥だ。蒼山は彼女の顔を見ると、吸い刺しの煙草を灰皿に押しつけて火を消した。

「佐倉、こっち」
「あ、赤井くん、蒼山くん」

 小柄な彼女はすぐに俺の声に気づいて、小走りにテーブルのところまでやってきた。

「あっつーい。外、すごいよ。もうやんなっちゃう」

 顔を手で扇ぎながら、椅子に座る。

「暑い中、お疲れ。何か、飲む?」
「あ、えーと、アイスミルクティーください。ね、ところで他のメンバーは、まだ?」
「うん。そろそろ来ると思うんだけど」

 俺は腕時計を確認する。連絡した三時までは、あと五分ある。

「でも、びっくりしたわよ。審査員から声を掛けられたのはもちろんだけど、あたしが前に話したあの島の伝承をモチーフに話を考えたなんて」

 佐倉は運ばれてきた水で喉を潤しながら、一気に話し出す。

「前々から、形にしたいと、修平と話をしていたんだ」
「ふうん。そうなんだ」

 佐倉は今回、唯一同じ映研の中から俺たちの映画に参加してくれたメンバーで、主演女優を務めてくれる。主演とはいえ、出演するのは二人だけなのだが。
 いかにも可愛らしい女の子の外見とは違い、中身は快活で男っぽいさっぱりした性格の持ち主だ。

「それで、例のロケの話なんだけど」
「あ、叔父さんにもう一度確認したわよ。十月頭なら観光客もいなくて暇な時期だから、二週間ぐらい問題ないって」
「それは助かった」

 思わず蒼山を顔を合わせ、ほっと安堵する。

 今回俺たちがコンペに出品する作品は、佐倉が今言ったように、彼女の父親のふるさとである、とある島の伝承をモチーフにしている。その繋がりもあり、島でロケをすることにしたのだ。そしてロケの間、佐倉の叔父さんが営んでいるという、ペンションに厄介になることになった。

「それで、あたしの他にはどんな人が参加するの? 相手役の男優って、この間、どっかのサークルの映画に出演していた子だって言ってたけど」
「そう。背は佐倉と同じぐらいで……」

 再び鳴ったカウベルに顔を上げると、タイミング良くその話題の主が辿り着いたところだった。