<2>

「瞭。おい、大丈夫か?」

 冷たい手が、ピタピタと頬を叩く。

「平気だよ」
「そんなんで、どこが平気なんだ? ……飲み過ぎだ」

 ドンと目の前に水の入ったコップを置かれる。

「そうかなあ……そんなことないと思うんだけど……」

 言いながら、内心では、飲み過ぎたと俺も少しだけ思っていた。蒼山の家に戻ってくるまでの記憶が非常に曖昧なのだ。水をもらおうと手を伸ばすが、遠近感を見誤って、指先からこぼれ落ちていく。

「……っと」

 コップが倒れる寸前で、蒼山が俺の背後から手を伸ばす。ふわりと漂う煙草と蒼山の香りが、なんとも心地よい。

「──俺も瞭の気持ちがわからないわけじゃない」

 肩口に軽く額を押しつけるようにして、蒼山が囁きを漏らす。服越しに伝わる体温に、体の奥が微かに疼く。

「俺も平静を装ってはいたが、正直、指の震えるような感覚を覚えた」

 俺は蒼山の頬にそっと手を伸ばす。

「いつかは必ず、認めさせると思っていた。特にあの作品には絶対的な自信を持っていた……だが──こういった形で認められる可能性については、まるで予想もしていなかった」
「俺も……」

 今もまだ、半分ぐらい夢を見ているような気分だった。

 宇野から先のスケジュール予定を聞かされたものの、返答までは猶予期間をもらった。出演している栗栖や佐倉、そして協力してくれた森本や藤堂の意見も聞かねばならない。彼らに限って反対するとは思わないが──若干一名、なんだかんだと言いそうな気はするものの──そういった気遣いはありがたかった。

 食事の際は、仕事の話はヌキにして、宇野は俺たちの作品について、熱く語ってくれた。それこそ古い作品から、蒼山のカメラへの拘りや俺のシナリオの詳細にまで、細かい見解を語ってくれたのだ。

 損得を抜きにしたように思えるその気持ちが嬉しくて、気づけば酒が進んでいた。
 俺も、蒼山も。
 あの作品については、賞云々より、出来上がるまでの過程において、俺たちにとって素晴らしく大切なものとなった。俺たちだけではない。作品に関わった人間の想いすべてを詰めた作品となったことに、十分満足していた。
 それがこういう結果に辿り着いたこと、俺たちの気持ちが認められたことが、驚く反面、嬉しくて仕方がなかった。

「瞭……」

 ふわりと俺の唇に、蒼山の唇が触れる。キスともいえないキスに、少しだけもどかしさを覚え、俺は自分から甘えるようにキスをしてから「何?」と返す。

「どう思う?」
「どうって……修平はもう、決めてるんじゃないのか?」
「──いや」

 僅かな沈黙を置いてからの否定に、俺は思わず苦笑を漏らす。

「嘘つき」

 そしてまたキス。

「嬉しい癖に、そんなむっつりした顔しても俺には全部バレてるよ。俺に事前に話をしなかったのも、驚かせたかったからだろう?」
「──そうだ」

 今度は素直に認める。

「宇野さんのことは何かと人づてには聞いていたから、信用できると思っていた。実際一度会ったときにそれを再認識した。何より、あの人たちは、俺たちの作品を、とても大切にしてくれている」

 それは俺にもわかった。仕事である以上、損得勘定は抜きにできないにしても、それ以上に強い気持ちを感じた。あれは、俺たちが映画に賭けた想いと近い。

「みんなの気持ちも聞いた方がいい。週末にでも集合を掛けてみようかと思っている」
「そうだね……新作の打ち合わせもしたいし……」
「藤堂の奴には、俺が話をしておく」

 不意に蒼山は強い口調になる。

「……どうして? 藤堂も一緒に会えばいいのに」

 俺が何気なく言うと、蒼山はじろりと横目で睨みつけてくる。

「なんで?」
「瞭は、相変わらず自分の置かれている状況がわかっていないらしいな」
「修平……」

 そして、俺たちにとって、長く新しい夜が始まる。

(書き下ろし)